東京地方裁判所 昭和31年(ヨ)7250号 判決 1959年2月28日
申請人 山中岩吉
被申請人 国
主文
1 本件仮処分申請を却下する。
2 訴訟費用は申請人の負担とする。
事実
第一当事者双方の求める裁判
申請代理人は
「申請人が被申請人との間に雇用関係を有する地位を仮に定める。
被申請人は申請人に対し昭和三〇年一二月二四日以降毎月金一九八九〇円を毎月一〇日仮に支払え。」
との判決を求め
被申請代理人は、
「主文同旨」
の判決を求めた。
第二申請理由の要旨
申請人は昭和二六年四月一日被申請人に駐留軍労務者として雇用され、当初国際連合軍家族宿舎グランドハイツに、次いで昭和二八年一月下旬以降東京陸軍兵器所(T・O・D)にボイラーマンとして勤務していたが昭和三〇年一二月二四日被申請人より解雇の意思表示(以下第一次解雇という。)を受けた。
なお、申請人は昭和三三年二月六日被申請人から第一次解雇が無効であるならば同年三月一〇日をもつて解雇する旨の意思表示(以下予備的解雇という。)を受けた。
しかし、右解雇の意思表示は、第三、第四記載のとおり、いずれも無効である。
第三第一次解雇の無効
一 右解雇は、申請人が昭和二六年七月一日発効した旧労務基本契約の付属協定第六九号第一条a項に定める保安基準(その内容は別紙のとおり)に該当するとしてなされたものであるが、申請人にはかかる事情はない。
1 右付属協定第六九号締結の経緯は、日本政府、米軍と全駐留軍労働組合(略称全駐労)との三者が旧労務基本契約改訂に関する協定を合意したが、その発効を見ないうちに昭和二九年二月一日日本政府と米軍とが右三者間の合意のうち保安解雇の基準とこれに関する人事措置の実施手続の部分の内容を取り入れ、旧労務基本契約の付属協定第六九号として締結したものであつて、前記三者間の協定中保安解雇の基準等を定めた部分は保安解雇が正しく行われることを担保するため客観的な保安解雇の基準を定めたものであつたから、これをとり入れた付属協定第六九号に定める保安基準もこれに該当する事実がなければ解雇をなし得ない趣旨で定められたものである。
そして右付属協定は米軍と日本政府との協定ではあるが、駐留軍労務者一般に告知されて実質上、就業規則としての努力をもつているものであるから、そこに定められた保安解雇の基準は、保安解雇は右基準によるべきことを従業員に告知したことに帰し、結局解雇を制限したものとして被申請人を拘束すべきものである。
2 また被申請人が単に解雇の要件事由に関する基準を駐留軍労務者に告知したとしても、被申請人の解雇権の行使が右基準に拘束されるべきは当然である。
3 従つて右保安基準に該当する事実がないのにかかわらず、これありとしてなされた申請人の解雇は無効である。
二 本件解雇は正当な理由のない解雇ないしは解雇権の濫用として無効である。
1 およそ国民の生存権に直接関する継続的法律関係についてこれを終了させるには正当な理由を必要とすることは一般に認められた原則であり、解雇は労働者の生活権を直接奪うものであるから憲法第二五条の趣旨から見ても、解雇は正当な理由なくして行い得ないものと解すべきものである。
しかるに申請人に対する本件解雇は何等正当な理由がなく行われたものであるから無効である。
2 前記付属協定第六九号の内容中の保安基準およびその人事措置の実施手続が前記三者の合意による内容をとり入れた経緯にかんがみ、米軍が保安解雇の要求をし又は国が保安解雇をするに当つては、誠実にこの保安基準を遵守してこれを行うべきことが申請人と被申請人との雇用契約上の信義則となつていると解すべきである。
従つてかかる基準に該当する事実がないのになされた本件解雇は信義則違反として権利の濫用と称すべきものである。このことは米軍が高度の機密保持を必要とする特殊性を有する外国軍隊であるとしても、米軍が労務者に対しかかる高度の秘密義務を要求する反面労働者がその義務を守るかぎり、ますますその地位を保証さるべきは当然であつて、米軍に前記特殊性があるからといつて前記信義則違反は変らないというべきである。
3 以上何れの理由によつても本件解雇は無効である。
三 本件解雇の真の理由は、申請人の積極的な組合活動を嫌悪してなされたもので不当労働行為として無効である。
1 申請人は昭和二六年七月一日全駐労東京地区本部成増支部に加盟し、同二七年一二月二一日支部職場委員長と執行委員とになり、同二八年七月T・O・D支部職場委員、同年一〇月より同二九年三月まで支部書記長、同二九年三月より同三〇年三月まで同副委員長、同年一〇月失業対策部長となつた。
なお、申請人は昭和二八年一一月から昭和三〇年三月まで板橋区労働組合連合会(略称板橋区労連)の執行委員、組織部長を勧めた。
2a 申請人は昭和二六年七月一日前記成増支部に加盟して以来ボイラー職場の従業員に対し組合加入の勧誘を積極的に行つていたが、昭和二七年一二月一日同支部に一一〇名の人員整理が発表されたことを契機とし同月二一日には職場委員長として支部執行委員に選出され、都との交渉等に当つていたが、その交渉が決裂したのち、ボイラー従業員にストライキをなすべき理由を説明し、ストライキ突入に際してのボイラー諸施設の措置を指示し、そのために全員賛成でストライキをすることに決定させ、同月二四日東京地区における駐留軍施設内では最初のストライキである七二時間ストライキを行い、その際行動隊長として約六〇〇名の組合員の指導に当つた。
2b 申請人は昭和二八年一月下旬T・O・Dエリヤ四ボイラーに転勤し、同年三月五日全駐労T・O・D支部の組合員となつたが、当時右ボイラー職場従業員一二五人中五人が組合に加入していたに過ぎなかつたところ、申請人が組合加入を勧誘した結果同年八月頃には全従業員を組合に加入させることに成功し、その直後職場委員に選出され、次いで同年八月労務基本契約改訂を目的とする全駐労のストライキには職場委員としてピケツトラインの指導に当り、同年一一月一日八〇八名の人員整理の発表があつた際は、支部書記長として団体交渉および日本政府、米軍、組合の各代表者によるいわゆる三者会談に出席し、組合の意向を強力に主張し、その交渉決裂後の同月一七日組合が二四時間ストライキに入つた際はこの闘争の全面的指導に当つた。
なお、申請人は昭和二九年九月に行われた全駐労の特別退職手当要求のためのストライキの際T・O・D支部の執行委員長代理としてその指導に当り、同年一一月モータープール人員整理反対闘争に際しては都との団体交渉、軍との交渉に参加し、またこの時のストライキに際してはピケ隊の激励、闘争の指導に当つた。
3 申請人は前記2a記載のストライキに際してボイラーの職場委員長として、いわゆる「スト権の確立」のため最も困難な問題であつたボイラーの操業停止実現のためボイラー従業員全員の協力を得ることに成功し、そのため「スト権の確立」が推進されたが、ストライキに入つてからはボイラー従業員のストライキ参加が実現し、ために同施設のボイラーが完全にとまり軍に相当の打撃を与えた。
このため申請人は軍から注目され、成増基地のC・I・C(諜報機関)は申請人のT・O・D転勤に対しT・O・D当局に対し申請人が活発な組合活動家であることを通報し、申請人を差別待遇するよう要求した。
T・O・Dの軍当局も申請人の組合活動を監視し、前記2b記載のとおり申請人が昭和二八年八月ボイラー職場の従業員全員を組合に加入させたことを知り、同年一二月申請人の組合活動を事実上できないようにするため、作業上の理由にかこつけて申請人を一人配置の設備の悪い仮設ボイラーに配置転換し、申請人はそのため昭和二九年二月急性肺炎に罹り静養のやむなきに至つた。
更に軍は申請人の組合活動を嫌悪し同年一一月頃全ボイラーマンに申請人は不良分子である旨宣伝し、申請人が他のボイラーへペイント等の資材を取りに行つたことについて数通の戒告書を用意していて昭和二九年一一月のモータープール人員整理反対ストライキの直前申請人に交付して申請人に圧力を加えた。
4 申請人は前記日時組合機関の決議により板橋区労連の幹事となり、同労連に加盟する組合の代表者で日本共産党の党員である他の役員と共に区労連の活動に従事したが、米軍はこの申請人の活動を嫌悪し、このことが解雇要求の内実の理由となつているのである。
すなわち、当時板橋区内にはT・O・Dの外に米軍の施設や米軍が監督権を有する工場米軍との契約を有する工場、特需会社の下請工場が多く、これらの米軍施設や米軍関係工場に指導力を持つている板橋区労連の活動については、それが基地外の活動であつても米軍情報担当官は重大な関心を持つており、例えば昭和二八年七月T・O・D施設にある日鉱赤羽のストライキに際しては板橋区労連がこれを指導したが、その際米軍の発砲事件があり、昭和二九年暮の東京製作所の争議についても同区労連が指導したが、T・O・Dのセキユリテイ・オフイスのマーチン大尉はT・O・D支部の真佐古委員長を招き事情を聴取した程である。
このような関係で米軍は常時所轄警察署を通じて区労連の活動に関する情報を得ていたのである。
従つて米軍は、申請人が組合機関の決議により板橋区労連の活動に従事し、日本共産党員である他の同労連の役員と交渉することすなわち正当な組合活動をしたことを嫌つて本件解雇を要求したものである。
5 以上のように米軍は申請人の正当な組合活動を嫌つてこれを排除するため保安上の理由にかこつけて申請人を解雇したものであつて、本件解雇は不当労働行為として無効である。
四 本件解雇は申請人の信条による差別待遇として、また申請人の結社に加入する自由を侵害するものとして無効である。
1 申請人は昭和二九年一〇月前記板橋区労連の役員として、その機関の決議に従い区労連を代表して当時来日中の中国紅十字会会長李徳全に赤旗を贈つたが、その際代表者は日中友好協会の会員であることが望ましいとされていたが、申請人もかねがね日中の友好関係を増進すべきであるとの信条をいだいていたので、その頃日中友好協会板橋支部に加入し、その活動に参加した。
右支部はもとT・O・Dの従業員が組織していた東京一般自由労働組合(後に全日本進駐軍要員労働組合東京支部自由労働分会)の委員長であり、日本共産党員である谷川正太郎が事務局長であつたので、申請人は同人との交渉をもつたが、同人はかねてからT・O・Dのセキユリテイー・オフイス(この機関は駐留軍労務者の日本共産党所属の有無ないしその党員との交渉の有無等についても情報を集収していた)から注目された人物であつたことと申請人が基地内においても常時日中友好協会のバツヂをつけ、基地内従業員(監督者を含む)数名の依頼を受け「人民中国」その他の日中友好協会関係の文書を基地内で配布していたので、申請人が同協会の会員であり、その活動に参加していたことは米軍情報担当官に報告されこれが本件解雇の理由となつたものであつて、このことはT・O・Dセキユリテイ・オフイスと志村警察署との連絡係で同オフイスに常勤していた小河原宗二警察官が申請人に対し日中友好協会に関する情報が本件解雇の最大の理由の一つであると言明したことから見ても明白である。
2 前記三4記載のような関係で、米軍は常時所轄警察署を通じ板橋区労連の活動に関する情報を得ており、そのため申請人が同区労連の役員であつた小豆沢診療所従業員組合の委員長で日本共産党員である渡辺泰宏と交渉があることを米軍は知悉しており、申請人が前記谷川正太郎、渡辺泰宏と交渉があることを嫌悪したものである。
3 申請人の解雇告知当時渉外労務管理事務所において解雇理由は保安基準第二号に該当する故と口頭で説明されたことから見て、当時米軍は日中友好協会を右第二号にいう破壊的団体に該当すると考えていたことは明白であるが、被申請人は、申請人が前記谷川、渡辺等の日本共産党員と交渉があることをも保安基準第三号に該当する事情としているのである。
日中友好協会が破壊的団体でないことは明白であるし、申請人が前記谷川等と交渉があるのは日中友好協会ないしは板橋区労連の活動の面に限られているのであるから、これを強いて申請人に保安基準第二、三号に該当する事情があるとして解雇するのは、これらを口実とし、真実は申請人の思想、信条を理由とするか又は申請人が日中友好協会に加入したことを嫌つてなしたものであつて、結局右解雇は労働基準法第三条違反又は結社の自由を侵害するものとして無効である。
五 以上いずれの理由によるも第一次解雇の意思表示は無効である。
第四予備的解雇の無効
一 被申請人のなした予備的解雇は表面は人員整理の必要によるとしているが、真実はその必要がないのになされたもので、第一次解雇と同様の不当労働行為ないし労働基準法第三条違反の害意によつてなされたものであるから、従前申請人主張の理由により無効である。
すなわち(イ)仮に作業量の減少が米軍の解雇要求の理由であるとしても、現に作業から除外されている申請人を被整理者に入れる合理的理由はなく、またこれまでの被申請人の取扱上も現に職務に従事していない者を被整理者から除外する慣行となつていたのである。申請人に対する予備的解雇により、米軍の要求は二六名の人員整理の要求に過ぎないのに申請人を含めて二七人の者が離職した結果になる上、(ロ)申請人はそもそも国側で作成する本件人員整理該当者名簿にも入つていないし、(ハ)更に第一次解雇が無効と確定した場合は被申請人は当然現に働いている者を整理してでも申請人を復職せしめなければならないものであつて、昭和三二年一〇月一日発効した新労務基本契約中の人員整理基準は本件には適用を見ないものであるから、申請人は実質的にも本件人員整理の対象とならない者であるにもかかわらず、申請人を強いて人員整理の対象として予備的解雇をなしたことから見て、人員整理は単に口実であつて、真実は第一次解雇と同一の害意をもつてなされたことが明白である。
二 仮に申請人が被申請人主張のように整理対象者となり、この整理について新労務基本契約に定める人員整理基準が適用されるとしても、申請人は右基準に定める先任逆順に計算して二四番目に該当する。そして軍の整理要求は二六人であるところ、対象外の立川信義、野沢洋一が希望退職したので、二六番、二五番該当者が整理の対象外とされ、更に二六番該当者西山武光、二五番該当者飯島金平が希望退職したので、当然申請人が整理対象外とされるわけであつて、予備的解雇は整理基準に反し無効である。
三 一般に労働者を解雇する場合は労働基準法第二四条等の趣旨にのつとり賃金を支払い、労働者の権利に属する金品を返還して解雇することが確立された労働慣行となつている。しかるに被申請人は予備的解雇をするに至るまでの賃金や休業手当を全然支払つていないので、かかる解雇は、前記法条の趣旨を潜脱したものであり、善良な風俗である前記労働慣行に反し、かつ、著しく不誠実な意思表示として公序に反し無効である。
また被申請人は自己の義務を全然履行しないまま本件解雇をしたものであるから、かかる意思表示は、契約当事者間の信義に反し、解雇権の濫用として無効である。
四 解雇の意思表示は形成権の行使としてなされるのであるから、これによつて生ずる法律効果は確定的に発生することを要し、本来条件に親しまない行為である。
従つて条件付解雇の意思表示である本件予備的解雇の意思表示は、相手方の地位を著しく不利益ならしめる虞があるから無効である。
五 以上何れの理由によるも本件予備的解雇の意思表示は無効である。
第五仮処分の必要性
申請人に対する第一次解雇および予備的解雇の意思表示は無効であり、従つて申請人は被申請人との間に雇用関係が存するのにかかわらず、被申請人は申請人を駐留軍労務者として取り扱わないので、第一次解雇後定職もなく定収入もない申請人にとつて償うことのできない損害を受けるおそれがあるので申請のとおりの仮処分を求める。
第六被申請人の答弁
一 申請人の主張の第二の事実のうち解雇の無効の点を除きその余を認める。
二 第一次解雇について
1 申請人に対する右解雇はその主張の付属協定第六九号に定める保安上の理由によるものであつて、申請人には右協定に定める保安基準A項第三号に該当する事実があるものである。ただし、右事実がいかなる事実であるかは、軍の機密保持上これを明らかにすることはできない。
従つて、本件解雇は申請人が保安基準に該当するが故にのみなされたもので、申請人主張の如き事由によりなされたものではない。
2 申請人は本件解雇が旧労務基本契約付属協定第六九号に違反し無効と主張するが、右主張は争う。
右付属協定は、旧日米労務基本契約第七条による解雇の基準とその手続を定めたもので、昭和二九年二月二日全駐労の同意を得た上で、日本政府と米国政府との間に締結されたものであるが、米軍の保安の維持という事柄の性質上、同協定に定められた保安解雇基準に該当する事実の存否は最終的にはすべて米軍の主観的判断に委ねるものとされている。すなわち、旧労務基本契約第七条によれば、ある労務者を雇用することが米国政府の利益に反するかどうかの認定は、もつぱら米国契約担当官の判断に委ねられ、その決定は最終的なものとされている。
従つて右契約第七条の基準を定めたこの付属協定に基ずく保安解雇については、当該基準に該当するかどうかの認定権も最終的には米軍の主観的判断に委ねられるものであり、米車において、当該労務者が右基準に該当するものとしてその解雇を日本政府に要求するかぎり、保安基準該当事実が客観的に存在するか否かにかかわらず、日本政府もこれに拘束され当該労務者を解雇せざるを得ないこととなるのである。
従つて付属協定第六九号による解雇については、保安基準に該当する客観的事実が訴訟上明らかにされると否とにかかわらず解雇が無効となるいわれはない。
3 申請人は本件解雇が正当の理由のない解雇ないしは解雇権の濫用として無効であると主張するが、元来解雇権の行使は使用者の自由になし得るところであつて、解雇に正当の現由の存在を必要としないのみならず、本件解雇は、申請人を引続き雇用することは米軍の保安上の利益を害するとの理由でやむなく行われたものであつて、これが無効となる理由はない。
4 申請人の不当労働行為の主張のうち、(イ)申請人が昭和二八年一〇月一一日から同二九年三月二〇日まで全駐労T・O・D支部書記長、同二九年三月二一日から同三〇年三月二二日まで同支部副委員長であつたこと、(ロ)昭和二七年一二月一日一一〇名の人員整理が発表され、同月二五日に七二時間のストライキが開始されたこと、(ハ)全駐労が昭和二八年八月労務基本契約改訂要求のため、また同二九年九月特別退職手当要求のためそれぞれストライキをしたことは認めるが、申請人の組合活動は知らない。
申請人のT・O・D転任に際してC・I・Cが申請人主張の如き通報をしたことは否認する。
なお、申請人を昭和二九年一二月に一人配置のボイラー室に配置したことは認めるが、これは全く作業上の理由によるものであるし、また軍が申請人から、戒告書を徴したことはあるが、これは申請人が勤務時間中に無断で職場を離れたことによるものであり、右両措置は申請人の組合活動とは何等関連がない。
以上要するに、本件解雇は申請人の組合活動を顧慮して行われたものではなく、不当労働行為を構成する筋合ではない。
5 申請人の労働基準法第三条等違反の主張のうち、申請人がその主張の頃日中友好協会の会員となつたこと、申請人が日本共産党員である谷川正太郎、渡辺泰宏と交渉があつたことは認める。
しかし米軍の解雇要求の理由は申請人主張のように申請人の思想、信条を問題とするものではなく、また申請人の結社加入を問題としたものでない。
従つて本件解雇は労働基準法第三条、憲法第二一条に違背するものではない。
三 予備的解雇について
1 仮に第一次解雇が無効であるとすれば、申請人は駐留軍赤羽地区営繕部ボイラープラント・ヒートセクションの汽罐工の職にあるものである。
米軍は昭和三三年一月二三日付書面で被申請人に対し作業量の減少を理由として右セクションの汽罐工実労働人員七五名に対し二六名を人員整理し、結局四九名を必要人員とする旨の通知をして来た。
被申請人は新労務基本契約の細目書一、人事管理、H節人員整理六の人員整理基準に従い先任逆順に実労働人員につき整理対象者を選定したところ、二三位浜田勝次、二四位美濃屋辰雄、二五位飯島金平、二六位西山武光となり、もし申請人が原職にあれば二三位浜田勝次の次に順位を占めることが判明した。
そこで被申請人は申請人を含めて整理基準該当の一位より二六位の西山武光までの二七名について昭和三三年二月四日附文書により同年三月一〇日をもつて解雇する旨の意思表示をし、同月六日申請人に対し右書面が送達された。
2 右予備的解雇は、米軍の撤退とこれに伴う基地の閉鎖縮少の一環として行われたものであつて、申請人主張のような悪意でなされたものではない。
本件人員整理は、前記セクションにおいて四九人の実労働人員を必要とし、その余の人員を不要であるとの見地により二六人の人員整理の要求がなされたのであるから、申請人主張のとおり申請人に対する第一次解雇を無効とすれば、前整記理基準により申請人が右セクションにおける不要の人員となることは当然であつて、申請人が人員整理対象者から外される理由はない。
3 申請人は前記のとおり先任逆順に二三位浜田勝次の次に位するものであるが、米軍は昭和三三年二月一一日附でボイラーショップの汽罐工立川信義が病気退職した故をもつて、その補充のため先の人員整理の要求を二五人に変更し、一名をボイラーショップ勤務の汽罐工に配置転換させる旨の通知を日本政府にして来たので、二六位の西山武光をボイラーショップの汽罐工に配置転換させ、同人に対する解雇を取り消した。
次いで同年二月一七日人員整理対象者でなかつた野沢洋一が退職を希望したので、二五位の飯島金平と入替ようとしたが、同人も退職を希望したので、これを認め二四位の美濃屋辰雄と入替え同人の解雇予告を取り消した。
その後順位に変更なく、解雇の効力発生の日である同年三月一〇日を経過し、申請人との雇用関係は終了したものである。
従つて、申請人が整理対象者から外されることはない。
4 本件解雇は申請人主張のような解雇権の濫用に出たものでなく、また公序良俗に反するものでもない。
また本件解雇は、条件付解雇ではなく、申請人主張の如くさきになした第一次解雇が無効であるとした場合にはその効力を昭和三三年三月一〇日確定的に発生させる趣旨の意思表示であつて、かかる意思表示が無効である理由がない。
四 申請人主張の仮処分の必要に関する主張事実はこれを争う。
第七疎明<省略>
理由
第一申請人が昭和二六年四月一日被申請人に駐留軍労務者として雇用され、当初国際連合軍家族宿舎グランドハイツに次いで昭和二八年一月下旬以降は東京極東陸軍兵器所(T・O・D)にボイラーマンとして勤務していたところ、被申請人より昭和三〇年一二月二四日解雇の意思表示(第一次解雇)を、次いで昭和三三年二月六日右解雇が無効であつても同年三月一〇日をもつて解雇する旨の意思表示(予備的解雇)を受けたことは当事者間争ない。
第二予備的解雇について
一 申請人は「右予備的解雇は人員整理を理由としているが、これは単なる口実であつて、真実は申請人の組合活動ないしは申請人の思想、信条を嫌つて右解雇をしたものである」と主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、却て成立に争ない乙第九号証、同乙第一四号証、同乙第一六号証、真正に成立したと認める乙第一〇号証(東京都広報渉外局労務管理部長の調達庁労務部長あて報告)、同乙第一二号証(東京都中央渉外労務管理事務所労務課長の陳述書)によれば、(イ)米陸軍技術本部赤羽王子地区営繕部は昭和三三年一月二二日作業量の減少にともなう関東平野地区における米陸軍施設の統合に基く駐留軍労務者の整理の一環として同営繕部のボイラープラント・ヒーティング・セクションのボイラーマン二六名について解雇発効日を同年三月一〇日とする人員整理の要求をしたこと、(ロ)右セクションは第一次解雇当時申請人が在籍した職場であること、従つて第一次解雇が無効であるならば申請人の勤務する職場であること、(ハ)昭和三二年一〇月一日発効の日米基本労務契約によれば、国の雇用する駐留軍労務者の人員整理の基準は、退職希望者が優先することは別として、原則として勤続年数の短い者から順に要求人員まで解雇する方式(いわゆる先任逆順、ただし勤続年数の同じ者は年少の者が解雇の対象となる)によることが定められ、申請人は右セクションに現に勤務するボイラーマンを右の順に列記した場合その最後(一番勤続年数の短い者)から計算して二三位と二四位との間に位することにより申請人が前記予備的解雇の対象とされたことが認められ、他に右認定を覆すに足りる疎明はない。
従つて右予備的解雇は、米軍施設の縮少に基く駐留軍労務者の整理のため行われたものと認むべきものであつて、申請人主張のような害意によつて行われたものとは認められない。
申請人は現に作業から除外されている申請人を被解雇者に入れる必要がないというが、米軍の人員整理の要求は、その対象となつた二六名を除外した現に勤務するボイラーマンのみで米軍施設の需要を満たす意味で右二六名の解雇を要求したと認むべきものであるから、申請人が現に作業から除外されているからといつて人員整理から除外されなければならない理由もないし、またかかる内容の慣行が存したとの主張事実を認めるに足りる疎明はない。更に申請人主張のように二六名の人員整理の要求に対し右二六名と申請人とを合わせて合計二七名を解雇したことに帰したとしても、残留するボイラーマンのみで足りるとする米軍の要求に反するわけではない。この点は、真正に成立したものと認むべき乙第一八号証の一、二(調達庁労務部長の在日調査本部契約担当官あての書簡および同契約担当官の返書)によつて認められる同契約担当官が第一次解雇が無効である場合は申請人が昭和三三年三月一〇日の人員整理に該当すべきことに同意したことによつても明白である。
更に申請人は第一次解雇が無効ならば、現に働いている者を整理してでも申請人を復職させるべきものと主張しているが、申請人が第一次解雇を受けたからといつて、他の者に比し特別な利益を受ける理由はないから、申請人にかぎつて前記労務基本契約中の人員整理基準の適用を排除される理由はない。
二 次に申請人は右基準によるも整理対象者とならない旨主張するが、成立に争ない乙第一三号証、同乙第一五号証、同第一七号証によれば、前記人員整理の基準により第二六位に当る西山武光は昭和三三年二月一一日赤羽王子地区営繕部からボイラーショップの立川信義が病気退職した補充として解雇を撤回され、次いで同月一七日右人員整理に該当しないボイラーマン野沢洋一が希望退職したので第二五位の飯島金平が解雇の撤回を受ける筈であつたが、同人も退職を希望したので、第二四位の美濃屋辰雄の解雇が撤回されたが、その後は同年三月一〇日まで順位の変更はなく結局第二四位より前位である申請人は米軍の必要とする人員に入らなかつたことが認められるので、申請人は右人員整理の対象者であると認むべきものであつて、右認定に反する証人若生昭治の証言は措信しがたく、その他右認定を覆すに足りる疎明はない。
従つて申請人に対する予備的解雇が基本労務契約に定める整理基準に反し無効であるとの主張は理由がない。
三 次に申請人は本件予備的解雇は公序良俗に反するとか、権利の濫用であると主張する。
しかし、使用者が賃金等を支払わないで解雇したということだけで解雇が無効となるものではなく、また申請人主張のような慣行が解雇を無効ならしむる趣旨で存していることについては何らの疎明もない。
また本件では、被申請人は第一次解雇は有効であると考えているが、その点に関し申請人との間に主張の不一致があり、争訟が係属しているので裁判所により無効と判断される場合を慮つて本件予備的解雇をなしたものであつて、実体上予備的解雇の日までの賃金支払義務のあることを承認しているわけではないから、予備的解雇の日までの賃金を支払ないでかかる解雇の意思表示をしたからといつて、かかる意思表示が賃金不払等申請人主張の理由で公序良俗に反しまたは権利の濫用として無効となるものとは考えられない。
四 申請人は予備的解雇の意思表示は、条件に親まない行為に条件をつけた違法があり、かような意思表示はこれを受ける申請人の地位を著しく不安定にする虞があるから無効であると主張する。
しかし、本件予備的解雇の意思表示は、第一次解雇が無効であるとする申請人の主張どおりであると仮定し、その仮定の上に立つて昭和三三年三月一〇日をもつて雇用関係を終了させる趣旨であつて、第一次解雇が有効であればもとより右意思表示は無意味に帰し、これによつて申請人に不利益を来たすことはなく、第一次解雇が無効であればその効果を発生するが、その効果の発生は確定的で申請人に不利益を及す虞はないものというべきである。
従つて本件予備的解雇は、将来の不確定な事実の発生にその効力の発生をかける条件つきのものではなく、また本件予備的解雇は第一次解雇の無効を前提としてはいるが、このことにより申請人に不利益を及す性質のものではないから、かかる前提の下になされたからといつて無効となる理由はない。
五 以上のとおり申請人の予備的解雇の意思表示が無効であるとする理由はいずれも理由がなく、申請人と被申請人間と雇用関係は遅くとも解雇予告の日から三〇日を経過した昭和三三年三月一〇日をもつて終了しているものと認むべきものである。
従つて申請の趣旨第一項については、その本案の権利の疎明がなきに帰するというべきである。
第三賃金支払の申請について
次に申請人の賃金支払の申請について判断する。
申請人本人尋問の結果によれば、申請人は現在他の職についていないが、不動産売買の仲介業を主とし兼ねて農業を営む父親の援助を受けて(家族妻と子供三人)と共に生活していることの疎明はあるが、他に特に現在賃金の支払を受けなければ申請人の生活が危殆にひんするとの疎明がないので、仮に第一次解雇が無効であり、予備的解雇に至るまで申請人と被申請人との間に雇用関係が存したとしても、その間の賃金の全部又は一部の仮払の仮処分をしなければならない程の必要があるものとは認められない。
従つて第一次解雇の効力について判断するまでもなく申請人の賃金支払の申請は理由がない。
第四結論
申請人の本件仮処分申請はいずれも理由がなく、他に申請の如き仮処分をするのを相当とする事情もないから、本件申請は失当としてこれを却下すべきものである。
よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)
(別紙)
附属協定第六九号第一条a項に定める保安基準
(1) 作業妨害行為、諜報、軍機保護のための規則違反、またはそのための企図若しくは準備をすること
(2) アメリカ合衆国の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的にかつ反覆的に採用し若しくは支持する破壊的団体または会の構成員たること
(3) 前記(1)号記載の活動に従事する者又は前記(2)号記載の団体若しくは会の構成員とアメリカ合衆国の保安上の利益に反して行動をなすとの結論を正当ならしめる程度まで常習的に或いは密接に連繋すること